イヤなニュースばかり続くし、みんなが取り上げるだろうからと避けていた話題だが、元タレントの飯島愛さんが亡くなられた。まだ若く、あまりにも突然で、しかも亡くなり方が非常に淋しいもので、日本中が驚いた。私と同い年の36。なんか昔は年下だったような気がするが(笑)、そこは置いといて。元AV女優とは言わずもがなだが、その前歴でもって普通のタレントとしての地位を築く事のできた、空前絶後の人である。

テレビに出始めの頃は、ミニスカートをまくってTバックのお尻をさらすという事をしていたが、ある時彼女は、

「これやらないと、ゴハン食べれなくなっちゃうんですぅ」

てな事を言った。私はこの時、「何と分をわきまえた人だろう」と思ったし、その気持ちさえあれば今後もやってけるんじゃなかろうかと思ったが、案の定その通りとなった。ただ、カメラの前で求められるキャラと本来の自分とのギャップには苦しんだんじゃないかなと想像する。

でも、「分をわきまえる」というのはなかなか簡単にはいかない。ヒトは自分を過大もしくは過小評価しがちで、等身大そのままを自分自身で見る事のできる人は少ない。

三流の人は、自分を三流とは認めない。もしくは気付かない。そういう人は、いつまで経っても三流のままだ。人は自分を「三流だ」と心底認めた時、初めて二流になれる。ダイエットを始める時、まず素っ裸になって鏡の前に立ち、体重計に乗る事から始める。そうせずに目をつぶって「自分は太ってない」と言い聞かせても、現実は変わらない。それと同じだ。客観的に自分を知るのは恐ろしい事。それに向き合える人だけが二流へと進む。

で、二流の人が努力を続け、チャンスをつかめるだけの力が付き、そしてチャンスをつかんだ時、初めて一流に上り詰めるのだと思う。チャンスと言うのは割とそこら辺に転がっていて、例えばプロ野球選手になりたければ、甲子園に出て優秀な成績を残してスカウトの目に留まれば良いワケだが、そう考えると高校の野球部員全員にそのチャンスはある。県大会にはエントリーされるわけだから、あとは校内で勝ち上がってレギュラーになり、県大会で勝ち上がればいいだけの話。高校生でなくたって、毎年トライアウトはあるわけだし。ただ、大半の人間はそのチャンスをつかめるだけの力がないだけだ。

飯島愛さんは、自分を知り、自分に何が求められてるかを知って、そして努力し、一流に上り詰めた。「一流なんて」とはご自身ではおっしゃるかもしれないが、ほぼ毎日テレビに出られる芸能人がはたして全体の何割いるか、という事を考えれば、十分一流であったと思う。多くの芸能人が涙し、日本中を訃報が駆け巡った。それもやはり、愛されていた証であろう。

余人をもって代えがたい、稀有な方を失った。ご冥福をお祈りします。

Columna
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