建築家・安藤忠雄の初の自伝、『建築家安藤忠雄』を読んだ。これ以上ないストレートなタイトルである。高卒で建築は独学なのに、東大の教授まで務めた(現在は退官)。東大を出ずに東大教授になった、唯一の人物である。いまや押しも押されぬ、世界でもトップクラスの建築家の自伝とあって、2008年10月発行なのに12月の時点ですでに3刷。いかに売れているかがよく判る。

建築家 安藤忠雄

数年前のインテリア・建築ブームの時、やたらと取り上げられていた安藤忠雄。流行りは遠ざけるという天の邪鬼な私は、やはり詳しく知ろうとはしなかったが、それが落ち着いた数年後、『光の教会―安藤忠雄の現場』という本を偶然手に取った。大阪にある安藤の代表的な作品が建つまでを描いたものだ。和田誠の装丁にも惹かれたこともあり、買って読んでみた。

光の教会―安藤忠雄の現場

いやびっくり。

何がびっくりって、滅多にこういう読み物を読まない私がぐいぐい引き込まれ、2日程度で読破してしまい、同時に安藤ファンにもなってしまっていた。ものづくりに対するあの姿勢、非常に共感し尊敬できる所があり、ファンにならざるを得ないものがあった。この本を読んでファンになった私はつまり、安藤忠雄の作品ではなく、安藤本人にホレてしまったのである。まぁ安藤作品をほとんど見ることのできない沖縄にあって、作品にホレるというのもどうかしてるといえばそうなんだが。

実は沖縄にも安藤建築がひとつだけある。国際通りにあるOPAがそれだ。当初は「フェスティバル」という名称のビルだったが、OPAが買い取り、同時に大幅に改装されてしまったため、現在は安藤テイストはまったく見る影もない。それでも中に入り、3?4階ぐらいから見る吹き抜けの心地よさは、他の建築では見ることのできないものだ。これが安藤か、という感じがする。

それにしても、初めてテレビで安藤忠雄を見た時の衝撃はすごかった。確かBRUTUSだったか、取材中に机に置かれている本を見て、「厚さは○cmだ」とピタリと言い当てたらしい。「1/100の図面で勝負している建築家は、これぐらいの寸法感覚がないとダメ」とぴしりと言い切り、また当時東大の教授に就任していた事もあって、勝手にスマートで理知的な人物像を描いていた。それがどうだ。テレビで初めて見る安藤忠雄は、立川談志師匠ばりのかなりのダミ声、しかも関西弁バリバリの「コッテコテのおっさん」であった(笑)。「えぇぇ??」と驚いた事は言うまでもない。この時の私のイメージとのギャップは、今でも強烈に記憶に残っている。

旅―インド・トルコ・沖縄 (住まい学大系 20)

旅―インド・トルコ・沖縄』で安藤は、沖縄に最初に来る時、大阪からわざわざ船を使って40時間もかけて来たと回想している。飛行機を使えばあっという間についてしまうが、できる限り自分の身体を使って、モノとの距離を確かめたかった。そういう事らしい。JAGDAの福田会長とお会いした時も思ったが、偉人と言うのはまず体力が常人と違うなと思う。自分の創作意欲を消化できるだけの体力があるから、世界的に認められる人物になり得るのだろう。安藤忠雄がプロボクサーだったというのは有名だが、ライセンス取得までたった一ヶ月しかかからなかったそうだ。運動神経もハンパではない。

......走り込もうかな。うん。

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