先週、『エジソンの母』なるドラマが始まった。IQは高そうだが、あらゆることに対して「なぜ?」「どうして?」を繰り返す問題児と、その周辺を取り巻くコメディドラマだ。先生役の伊東美咲さんは、正直タイプである。にも拘らず、私は彼女のドラマはほとんど観ない。と言うのも、その……正直、いかんせん、大変残念な事に、彼女は演技がダイコンなので観てるこっちが恥ずかしいのだ(笑)。最近はそれを逆手にとり、コメディが多い。美人がコメディ、それはそれでウリになると思う。まぁそんな事はさておき、この時は他に何も観るのがなかったので、ぼーっとこのドラマを観ていた。

劇中、主人公のその子は、こんな疑問を持っていた。

1 + 1 は、どうして 2 なの?

これに対し、教師たちはミカンやチョークを例にとって説明するが、その子はミカンを割ったり、折れたチョークを見たりしては、「3だ! 4だ! ミカンの房や粒はもっと多い!」と反論し、困った教師は「2と決まってるのよ!」と逆ギレ。満足に答えられる大人は一人としていなかった。エジソンは確か、泥団子を2つ持ってきて合体させ、「答えは 1 だ」と言ったというような話を読んだ記憶がある。

さて、読者の皆さんは、この疑問に明確に答えられるだろうか。

実はこれ、しっかりと説明できる。ドラマの話に沿って、ミカンで説明しよう。劇中では、2 つのミカンの内のひとつを 2 つに割り、「答えは 3 だ」としていた。

見た目は確かに 3 つだが、これが間違い。これを 3 としてしまうと、「ミカン 1 個を 1 とする」という前提が崩れてしまう。まず最初にミカン 1 個を 1 と定めたのだから、この単位は変えてはならない。つまり 1 を 2 つに割ったのだから、0.5 と 0.5 にならなければならないのだ。従って、

1 + (0.5 + 0.5) = 2

となり、やっぱり合計 2 なんである。仮に 1 個のミカンの中に房が 8 つあったとすれば、そのひと房はやはり 1 ではなく、0.125 となる(厳密にはミカンや房の大きさには個体差があるが、それは置いておく)。泥団子だって体積的には 2 だ。決して見た目の数に騙されてはならない。

ここで、「どうしてミカン 1 個を 1 とするの?」という新たな疑問が生まれるが、これに対する答えは「単にそうしたから」で良い。単純に単位を決めただけの事だからだ。1m や 1kg、1秒なども、人間が単に「そうすると決めた」だけの話である。もちろん計算上やりやすい、または理論的にすっきりする方法で決めたのだけれど。だからミカン 1 個は 1 でなくとも、任意の数字で構わないのだ。2 でも 0.8 でも 100 でも 65536 でも一向に構わない。仮に 5 とすれば、ミカン 2 個は 10 になるだけである。ま、これだとどうもすっきりしないし混んがらがってくるので、1 とした方がやりやすい。

「数」は本来、モノに固定されない数値のみの概念である。それをモノに結びつけて説明しようとするからムリが生じるのだが、それでもやっぱりちゃんと理論的に説明はできるのだ。

まーでも、小学1年生には解んネェか。

Martina
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