先頃行われたサッカーワールドカップの日本初戦・対オーストラリア戦の終盤、オーストラリアのケーヒルが駒野をペナルティエリア内で引っかけたシーンがあったが、審判は反則をとらなかった。しかし後日、「あれはPKだった」とFIFAが誤審を認めたらしい。それに対しマスコミ各社は鬼のクビでも取ったかのように関係筋のコメントをこぞって取り上げている。

バカバカしい。

誤解を恐れずにはっきり言うが、日本の先制点は明らかなファウルだった。それも反則をとられなかったのだから、行って来いでチャラである。どっちにしてももう終わったことで、何を言ってももうどうにもならないのだ。

私だって日本があんな負け方をしたのは悔しい。しかし、世界一あの1戦を悔しがっているのは、あの時ピッチに立っていた者たちであり、そのすべての責任を負っていた監督である。あの敗戦後、日本サッカー協会には抗議の電話が殺到したらしいが、んな事するのは日々何とも戦わずのほほんと暮らしてる、ケツの穴の小さい小物どもだ。日々何かと戦っている者ならば、ピッチに立つ者たちの気持ちが多少なりと解るはずである。私は中学の頃、一度だけ試合に出たことがある。小さな大会だったが、ピッチの雰囲気というのは本当に独特で、あのプレッシャーの中で戦うのは並大抵の事ではない(ちなみに結果はというと、開始15分で相手のチャージにすっ転び、頭を打って大量出血、即交代とあいなった・笑)。

我々にできることはといえば、ただ見守るだけであり、戦い終えた選手たちに拍手を送ることぐらいだ(本当にそうなんだけど)。フランスワールドカップ予選、2004年アジアカップ、本当に首の皮一枚、崖っぷちに指一本で引っかかっているようなギリギリの逆境を日本は幾度も跳ね返してきた。今度もまた立ち上がる。そう信じよう。今のジーコ監督は眉間にしわばかり寄っている。周りの雑音など気にせず、サッカーを始めた頃を思い出し、監督としての初のワールドカップを楽しんでもらいたい。

しかしアテネオリンピックからここ最近、いろんな競技の大事な場面でオーストラリアに敗北を喫している。今回もまたしかり。韓国ばっかりライバル視してる場合じゃないんじゃなかろうか。ううむ。

Graph Paper
この書体は Graph Paper — 欧文フォント買うなら MyFonts