※以下は完全な独り言(このブログ全部そうだが)で、しかも私のデザイン歴を語るものです。「オマエ誰?」とか思った人は、読まないで立ち去った方が賢明ですよ。

私がなぜ欧文書体に興味を持ったのか。ということをとある方に尋ねられたので、私自身の備忘録も含めちょいと書かせていただく。

えー、覚えていません(笑)。気が付いたらそうなっていた、としか言いようがない。中学生か高校生頃だったと思うが、当時週刊少年ジャンプで梅沢春人という人が『BØY』というマンガを連載していて、その中の登場人物が肩にアルファベットで入れ墨をしていた。よく見る書体ではあったが、書体名を知りたいと思って調べようにも調べられず(ネットなんかもちろんなかった)、イライラしていたのが一番古い記憶である。調べようとしていたのだから、それ以前より興味があったのは確かだ(今思えばOld EnglishだかGoudy Textだか……とにかくブラックレター系だった)。

タイポグラフィらしきものに触れるようになったのは、情報処理系の専門学校を卒業し、就職するアテもなくぶ?らぶらしていた頃だ(ちょうどバブルのはじけた頃である)。C Magazineというプログラミング専門誌を購読していたのだが、それの創刊4周年記念号に、『TeX――最強の文書整形システムを動作させる』という特集が組まれたことがある。TeX(テック・テフ)とは、米スタンフォード大学の元教授・Donald E. Knuthという人が開発した組版システムで、相当に普及しており、理数系の人はこれを日常的に使用しているはずだ。DTPとは考え方を異にし、マークアップ方式を採用した、HTMLに近いシステムである。ワークステーション等処理速度の大きなコンピュータでしか動作しないものだったが、MS-DOSに移植されたものが付録としてついていた。当時はWindowsが出始めていたもののまったく使いものにならず、まだMS-DOSが主流で、私の環境は16ビットCPUの80386 16MHz、メモリは1.6MB、ハードディスクは40MBという今では考えられないほど貧弱なものだった。

インストールは結構大変だったが、当時のワープロの横倍角とかが普通だった時代、TeXで組まれた文書の美しさは衝撃的だった。特に複雑怪奇な数式を簡単に美しく組むさまは魔法のようで、この分野ではいまだにTeXを凌ぐものはないだろう。それからの私は、日本でのTeXの第一人者、奥村晴彦氏の著書を読みあさったり、パソコン通信のNIFTY-Serve(現@nity)の「文字情報と印刷・DTPフォーラム」のTeX関係の会議室に入り浸ったり、Knuthの「TeXブック」を読もうとしてあまりの難解さに自爆したりしていた。当時市役所に臨時職員として勤めていたが、庁内の文書もTeXで作ったりして、一人で悦に入ったりしたものだった(今TeXで作られたものを見ると荒削りな組版だなぁと思うが、TeXの成り立ちを知っているのでそれもアリじゃないかな、と理解はできる)。

ほぼ同時期、ふらりと立ち寄った本屋で、『カリグラフィー本格入門独習ブック』という本を見つけた。流麗なイタリックで書かれた表紙を見た私は、この時初めて「胸が高なる」ということを実感していた。あの時の興奮は今でも覚えている。おそるおそる開いてみると、あの『BØY』の入れ墨の書体に近いものが掲載されていた。しかもあの複雑な書体が、普通にペンで書けるというではないか! 私は嬉々としてこの本を買って帰り、すぐに独習キットを注文した。届いた見慣れないペンとインクにまた興奮し、傾斜台を自作して、カリカリとイタリックの “a” を毎日ひたすら書くことを始めた。初めの内はもちろんうまく書けなかったが、ある時 “a” の内側の白い部分(カウンター)の形が、円ではなく弾丸形をしているのに気づき、その通りに書いてみると綺麗に書けたのには感動した。文字は黒い部分のみならず、空白の部分を見ることも重要なんだなぁと実感したのはこの時である。

その後、某社の契約社員でプログラマとして働いていたが、Webが本格的に普及しだし、Webサイトの制作まで請け負うことになった。当時はまだ専門のデザイナーは少なく、コンピュータ技術者が片手間に制作していたものだ。しかしデザインなどやったことのないただの技術者にはハードルが高く、こりゃダメだと思った私はデザインも勉強しだした。そうすると、こっちの方が断然おもしろく、また元々好きだった欧文タイポグラフィが実用になるということもあり、今ではプログラム業はほとんどやめてしまい、デザイン一本で生きていこうと戦っている日々である。

ちなみにKnuthの座右の銘は以下のものである。彼はこれを、自邸の庭石に刻みつけているとのこと。素晴らしい詩なので、覚えておくとよい。Metafontブックにも載っているが、訳がおかしいので ’96年の来日時に新聞に掲載されていた訳を引用する。()内は原文。

知恵への道とは? (The road to wisdom?)

それは明白で単純なこと
(—Well, it’s plain and simple to express:)

間違いをして (Err)
そして間違いをして (and err)
そしてまた間違いをして (and err again)

でも間違いを減らして (but less)
そして減らして (and less)
そして減らすこと (and less.)

――ピエット・ハイン Piet Hein 『Grooks』(1966年)

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