もうここ何年も夏休みというものを取っていない。もっともフリーランスの立場で夏休みを取っても有給なワケはなく、単に収入が減ってしまうので取りづらいというのもあるし、無趣味な上に車も持たず、さらに旅行が大キライという特異体質な私はそんなもの取ったところで「ぼー」と過ごすのが関の山であるので、そんなら働いた方がマシという具合だ。だから別に夏休みがないからといって他人をうらやましがったりもしないのだが、夏休みがうらやましくない自分がちょいと淋しい感じもする今日この頃である。

夏休みといえば、ガキの頃の膨大な宿題を思い出す。全教科を網羅した「夏休みの友」をはじめ、読書感想文・感想画、日記、工作、自由研究などがあったと思う。皆さんは8月も20日を過ぎた頃から図書館に籠もったり、泣きながら親に手伝ってもらってやっつけたりした記憶もあるだろう。しかし私は自慢じゃないが、「夏休みの友」以外の宿題を提出した覚えがついぞない。いやマジで。

まず自由研究というものが大変ギモンだった。そんじょそこらのガキんちょが思いつくような研究テーマなどすでにやり尽くされていて、結果はとっくに本になって発表されていたりする。普通はそれらを書き写して「自由研究できました」なんつって提出したりするのだろうが、これがはなはだバカバカしかった。普通研究というものは、未知のものに対して仮説を立て、実験し、観察して結果を発表するものだ。それをただ本を書き写して一体何になるのだろうと子供ながらにものすごくギモンに思っていた。バカにして嫌悪すらしていた。なのでこんなものに手を着けたことは一切ない。

また図書館の貸し出しカードを一年間白紙のままで通すのが慣例だった私は、読書なぞまったくすることもなく、当然ながら感想文も感想画も提出しなかった。そもそも作文が親の仇のように大キライだった私は、通常の授業で出される作文の課題もほとんど出すことはなく、学年末にそれまで書いた作文を返され、自分の文集を作ったりするものだったが、私の文集はほとんど毎年表紙のみといった感じだった。また絵も大キライで、これも図工の時間等で「出せ出せ」言われるのをのほほんと知らんぷりで通し、提出せずに済ませていたものだ。日記なんかも「毎日なんか書くことあるかぁボケ」と放ったらかしにした。小さい頃から手先だけは器用で、工作はものすごく得意だったが、これだけやるのも変なのでやっぱりやらずに済ませた。

それでも特に焦ったりせず、出せんモンは出せん、と開き直って二学期の始業式に登校したりした。やりたくなくてやらなかったのだし、それを誰かに手伝ってもらって取り繕ったりするのは卑怯だ、怒るなら怒れ、それらはすべて甘んじて受けよう、と考える可愛気のカケラもない小学生だった。ま、それでも特に怒られた記憶はない。先生たちも特に重要視していなかったと思われる。長い休みで頭がボケないようにするためだけの宿題だったのではなかろうか。もしくはすべての教科で80点以下を取った覚えがないテストの成績が功を奏したのかも知れない(これは小学生までで、中学以降は見事に20点とか取ったりした)。

絵を描くのも文を書くのも大キライだった小学生時代。そんな私がここに400字をゆうに超える駄文を書き散らし、なおかつデザインを仕事にしていたりする。人生とは誠に面白きもの哉。


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