こちらの問題はまったく解決にいたってないのだが、ただぼーっとしてるのもアレ(どれだ)なのでちょちょっと書かせてもらう。

田中一光。私の最も尊敬するグラフィックデザイナー/アートディレクターである。分かりやすいところで無印良品などを手がけられ、世界的にもかなり著名な方だ。

氏とは、同じ欄に名前が並んだことがある。日本タイポグラフィ協会が発行する機関誌「typographics: ti」では以前、定期購読者の一覧を載せていた。毎号発行前に購読を申し込んだ人たちだけが載るのだが、ここに偶然にも「田中一光デザイン室」と私の名前が同時に掲載されたのである。たったそれだけのことだったのだが何だか嬉しくなり、いつかはこんな偶然ではなく、堂々と名を連ねることができるようになろう。そう思っていた。

しかし氏は突然、まったく突然に亡くなられた。2002年1月10日のことである。その日まで普通に仕事をし、打ち合わせを兼ねた夕食を取られた後、一人で自宅へ戻る途中に倒れ、そのまま目を覚ますことはなかった。13日に72歳になる直前だった。日本デザイン界に与えた衝撃はかなりのもので、専門誌がこぞって特集を組んだ。亡くなられてからその存在の大きさに改めて驚いたものである。2003年の大回顧展には、東京まで足を運んだ。氏の仕事机が再現されており、私と同じくIn attesaを愛用していたことに親近感を覚えたりした。

訃報を知った時の私は、『沖繩の民藝』という本を取り出して表紙を撫でている内に、自然と涙していた。鮮やかな黄色の表紙を見ながら、「いつか直接お会いしたかった。間に合わなかった」と、その時も自分の実力のなさを恨んだりした。この本は氏が1964年にデザインされた本である。氏の作品集に掲載されていたので、2000年頃にとあるつてを頼って、今や入手困難な実物を見せてもらい、その後自分でも古本屋を探して購入していたものだ。

実は私は、自分の住んでいる土地・沖縄が大キライであった。特有の人柄も方言も民謡も祭りも、単に土臭い、野暮ったいものとしてしか目に映っていなかった。しかしこの本では沖縄の民芸が絶賛されており、単純な私は自然と感化され、沖縄にも尊敬すべき文化があったのだと思い直すようになった。そして氏の琳派や浮世絵などの日本文化をうまくモダンデザインに取り入れた作品を見るたび、「沖縄文化でもこういうことができないか」と模索するようになった。一時期はよく民芸関係の展示会に足を運んだものである。

しかし、どうしても「ノリ」が悪い。沖縄文化が頭に入ってこないのだ。その感じは、不得意科目の受験勉強に例えられるだろうか。詰め込んでも詰め込んでも、何か耳から「だらー」と出ていってしまう感じがするのだ。それでも焼物や布などはそこそこ入ってくるのだが、音楽だけはダメだった。特にエイサーへの拒否反応はひどく、大会などを見に行ったりもしたが、3組目が太鼓をどがんどがんとやり出した辺りで頭痛がしてきて、そそくさと会場を後にしてしまった。バカにすることはなくなったものの、こればっかりは好みとしか言いようがない。

しかし田中一光に出会わなければ、私が沖縄文化に目を向けることもなかっただろう。そういう意味でも感謝している。だが今の私の興味は、主にアルファベットに向いている。昔からなぜか興味があり、ワイン売場などに行くと「うひょひょひょひょ」と何10分も(ウソ)ラベルを眺めてしまったりするのである。今は欧文のタイポグラフィやカリグラフィを学ぶのが楽しくて仕方がない。

沖縄文化へは、自然と目が行くようになったら本気で取り組もうと思う。それまではとりあえず宿題とさせていただく。誰に課題を出されたワケでもないんだけれどね。

ITC Cyberkugel
この書体は ITC Cyberkugel — 欧文フォント買うなら MyFonts