ウチでは昨年まで、文鳥を飼っていた。彼女(のちに卵を産んだためメスと判明)は9年ほど前、突然家のベランダに迷い込んできた。手乗りだったためあっさり捕まり、その前に飼っていたインコのカゴにこれまたあっさり納められてしまった。当時は姪が生まれそうであり、我が家には家族が増える兆しがあったのかも知れない。彼女には“いぬ”という名を与えてやった(文句あるか)。

いぬ

こやつには変なクセがあった。エサと人間の手以外の動く物体を怖がるのである。逃げるか威嚇するかのどちらかなのだが、野菜を近づけると逃げ、私の足のウラを見るとひどく攻撃的になった。攻撃するか否かの基準は彼女にしか解らなかったが、そのため最初は野菜を与えてもまったく食べなかった。仕方がないのでエサを買ってくると、カゴの中でひどく興奮して飛び回り始めた。数日放浪して腹が減っていたのだろう、カゴにエサを入れるとすごい勢いで食いついたのである。あまりに勢いがすごいので、カゴ周辺がエサだらけになったのだが、実はこれも彼女のクセだったようで、毎回エサを半分以上散らかした。以来彼女はカゴごと段ボールに入れられるハメになった。

クセはまだあり、頭や背中をなでると「くけけけけけ」と喜んでるような何だかよく解らない奇声を発し、しっぽをふるわせた。おもしろがってしょっちゅうなでたりしたが、3年ほど前、彼女がしきりに尻の辺りを気にしていたのでよく見ると、ひどく汚れているのが判った。何かの病気かもしれないので、めんどくせぇなと思いつつ、彼女を獣医の元へ連れていくことにした。受付の看護士と「いぬですか」「いえ文鳥です」「えでもいぬでしょ」「いやいぬという名の文鳥ですから」「じゃやっぱりいぬですね」「お前が医者に診てもらえコルァァ」と一悶着あったが、何とか診察してもらえた。結果は、

「脱腸ですね」

とのことであった。原因は老年にいたってからの卵の産みすぎで、背中をなでたりすると発情して卵を産むので控えて下さいとの指示をいただいた。確かにふにゃふにゃの卵を産んだりしていたが、あの奇声は感じちゃっていた結果発していたのである。何でも文鳥はかなり発情しやすく、オスと目があっただけで卵を産んじゃったりするらしいのだ。想像妊娠もはなはだしい。盛りのついたメスのようだ(いや盛りのついたメスなんだが)。脱腸は即日全身麻酔による手術(と言っても腸を押し込んで一針縫うだけだが)であっさり全快した。ちなみに抜糸の際の看護士が別のヒトで、小さな紙袋を見た彼女が「えぇぇいぬですか」と驚いた。「いえ文鳥です」「えでもいぬでしょ」「いやいぬという名の文鳥ですから」「じゃやっぱりいぬですね」「今時テンドンなんておもんないんじゃコルァァ」とまた一悶着あった。

一寸の虫にも五分の魂というか、文鳥にも個体ごとにクセがあるもんだなと思った。彼女はカゴから出すと、人の足下にまとわりつくという危険きわまりないクセもあり、淋しいのか何なのかよく解らないが、とにかく金魚のフンのように人の後をついて回った。何度踏みそうになったか判らない。「まぁいつか踏まれるだろうな」と思っていたが、案の定昨年、カゴを掃除中のウチのおかんに踏まれて絶命した。

うろたえる母親から事務所に電話があり、病院に連れていってくれないかと頼まれたが、おそらくバッキバキの全身粉砕骨折でまず助かるまいと思った私は、静かに看取ってやってくれとしか言えなかった。家に帰ると、ちょっと身体が平行四辺形に変形してしまった彼女が横たわっていた。しばらくは息があったが、最後に一鳴きして息絶えたらしい。私は“いぬ”を、庭にある桜の木の根本に埋めてやった。おかんは落ち込んでいたが、ウチの厄を持ってってくれたんだ、8年も面倒をみたし恨むまいよと慰めた。その桜は今年の春、ちゃんと花を咲かせていた。

Janda Love And Rain
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