Futura(フーツラ・フツーラ・フツラ・フトゥーラ・ええい何とでも読め)という欧文書体がある。セリフ(ひげ)のないサンセリフに分類される名作だ。大変によく知られた書体なのだが、この書体に関して変なウワサがある。タイポグラフィを学ぶ者ならば、一度は聞いたことがあるだろう。

Futuraはナチスが制定書体として使っていた。従って欧米では大変嫌われているので、使用は控えた方がよい

というものだ。

どんな書体にも当然ながらバックグラウンドがある。それぞれに目的を持って作られるのだが、製作した人やその人の生きた国、時代の雰囲気を反映させるものとされており、それらをいかに詳しく知っているかがタイポグラフィのキモのように言われている。中でもこの話は特によく知られているものだ。しかし私は、この話に何となく胡散臭さを感じていた。理由はよく解らないが、とにかく何かひっかかるものがあった。

話はすっ飛んで、『デザインの現場』という雑誌がある。主にグラフィックを中心にデザイン全般を取り扱った専門誌なのだが、この雑誌で小林章さんという方が『タイプディレクターが答える欧文書体Q&A』という記事を連載しており(※書籍化されました。必携の一冊です)、一般からの質問も受け付けている。この方は日本人でありながら、欧文書体の総本山・ドイツのLinotype社にタイプディレクターとして勤めており、現代タイプデザイン界の巨匠、Hermann Zapf氏やAdrian Frutiger氏らとともに、Optimaなどの名作書体のリニューアルに取り組んでいる。例えるなら、銀座久兵衛にイラン人が板長として入るようなものだろうか。とにかくすごいことである。

以上2点をふまえた上でやっと本題。2004年の11月、沖縄大学院大学の関連事業の一環として、Okinawa Computational Neuroscience Courseというセミナーが開催された。このセミナーのWebサイト(現在は他者によりリニューアル)を同年8月に制作することになったのだが、このサイトは全面英文で、これにふさわしい書体とは何だろうと思い悩んだ末、思い切って小林さんに質問することにした。そしてついでに、Futuraにまつわるウワサも本当なんだろうかと訊いてみた。ご当地ドイツにいらっしゃるのだから、何か知っているだろうと思ったのである。

かなりドキドキしながらメールを送ったら、数日して丁寧な文章で返事が送られてきた。実はこれが初の質問だったそうで喜んでいただいたのだが、ちょうど出張中だったようで、遅れたことを謝られていた。しかしそんなことぶるぶるとんでもない、という感じである。いち地方のイナカデザイナーの質問に、一流の方が直接答えて下さるのだ。こんな光栄なことはない。

で本題へのアドバイスはいくつかいただいたのだが、小林さんが一番気にされたのがFuturaに関することだった。実はこの噂、日本でしか聞いたことがないというのである。それからの小林さんの対応は迅速かつ広範囲におよび、とある有名な方も参戦(?)なさって、大々的な調査が始まった。私はと言えば、大変な方々のメールの応酬にひょええと背中に冷や汗を垂らしながら右往左往するのが関の山だった。

その調査の結果は、詳しくはデザインの現場2004年10月号を参照して欲しいが、簡単に言うと「Futuraがナチスと結びつきがあると感じる者はおらず、また特定の国家あるいは民族に嫌われている事実もない」というものであった。ドイツを含めたヨーロッパはもちろん、ユダヤ人国家であるイスラエルでさえ堂々と使用されている。ナチスが使用したか否かまでは確認が取れなかったが、例え使われた事実があったとしても、今現在だーれも嫌ってはいないのだ。考えてみればLUIS VUITTONVolkswagenのロゴにも使われている書体が、なんで嫌われるはずもあろうかというハナシである。そもそもHelveticaFuturaを見分けられる素人が一体どれだけいるだろう?

地元のスーパーで見つけた、ドイツ製のアールグレイ(紅茶)用シロップ漬け氷砂糖。見事なFutura

某誌にある、とある家電メーカーがイスラエルに輸出したビデオデッキがすべて返品された、原因はマニュアルに使用されたFuturaだった、という話も確認が取れなかった。某大手家電メーカーで海外向けマニュアル作成に長年携わられた方が、まったく聞いたことがないというのである。また某書には「このつらい経験(ナチスに使用された事実)がもたらした精神的な荒廃は、いまだに(作者の)レンナー家をくるしめています」とまであるが、これもレンナーの伝記を執筆した方によって否定された格好だ。ただ調査の段階で、40年程前某美大の学生だった方が、学校でこの話を聞いたことがある、という事実が判明した。昨日今日広まった風聞ではないようだ。タイポグラフィを教える側としては、こんな恰好の逸話はない。それで広まってしまったのだろうが、間違いだったという事実もゆっくり広まっていけばいいと思う。

しかし何より有益だったのは、一流の方々と直に(メールだけど)交流できたことである。あの方々に共通するのは「慎重さ」と「謙虚さ」だ。一流の自負はありながらも、決して簡単に断定してものを言わない。自分の知らない、あるいは間違っていることがあるだろう、ましてや日本に生まれた者なのだから、そういう前提で話をされているように感じる。また、「現場」を重んじる方々だとも思う。タイポグラフィは、その「知」の部分にワインなどと共通する崇高な香りがあるため、それをかじった者は、ややもするとその知識を鼻に掛けるスノビズムに陥りがちだ。しかしあの方々にはまったくそれがない。typographyはあくまでも“-graphy”(視覚化術)であり、“-logy”(?学)ではないのである。現場を見ず、研究室に籠もってしまうようなことがあってはならない。それをよく知っている方々だ。

知識としてよく引き合いに出される例に、「フレンチレストランのメニューにはフランス生まれのGaramondがいい」というのがある。説得力があり鵜呑みにしてしまいそうだが、BRUTUS 557号に掲載されていたパリ・ミラノ・シドニーのレストランのワインリストには、Futuraなどのサンセリフが使用されていた。近代的なレストランにはその方がよく似合うだろう。またCaslonを「18世紀の英国っぽい」と言うことができる人は、18世紀英国の歴史・風土・文化を知っている人のはずだ。そうでなければとても判断できないだろう。しかし知りもせず、そう断言する人がいる。18世紀英国で制作されたからというのがその理由だ。この場合はさして間違いではないかもしれないが、しかしそれでいいのだろうか。例えば現代日本人である小林さんの制作したAcanthusは、フランスの香りが強いと言われている。要は、Aという書体が○○っぽいと言う場合、Aのみならず○○についても詳しくなければいけないのではないだろうかと思う。Futuraとナチスの両方について詳しい人がいれば、こんなに広まりはしなかったんじゃないだろうか。本で得ただけの知識がいかに危険かを、この事はよく教えてくれる。

白状すれば、実は私も頭でっかちになりつつあった。しかし彼らの姿勢を知ることで、道を誤らずに済んだことをとても感謝している。「『研究』とは、それに関することが書かれている本をひとつ残らず読むこと。そしてそれらをすべて確認すること。私にはそれはできない。『勉強』はしてるがね」とある方はおっしゃった。私もその謙虚な姿勢を見習いたい。

arnica
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