FM STUDIO—Fumitaka Miyazato design STUDIO

認めたくないものだな。自分自身の、フリーランス故のあやまちというものを……

ある日、ふと立ち寄った大型スーパーに併設されているトイザらスに、これまたふと立ち寄ってみた。最近のオモチャはいいなぁとぶらぶらしていると、何やら見覚えのある絵が描かれた箱がぎっしり詰まっている箇所に行きあった。

その絵とは、ガンダムである。つまりそこはガンダムのプラモデル、いわゆるガンプラのコーナーであった。

1972年生まれの私は、もちろんガンダム世代である。とはいえ放映当時、小学校低学年だった私にはあのストーリーは難解すぎ、主に「ロボットの出てくるアニメ」という認識しかなく、興味はもっぱらガンプラに注がれていた。私もご多分に漏れず、シンナーの臭いにクラクラし、指を接着剤でベタベタにしながらガンプラを組み上げ、「ばきゅーん」「ちゅどーん」と戦闘ごっこをしてはせっかく作ったガンプラを破壊するという事を繰り返していた。

そのガンプラが、完成サイズは1/100というのは変わらないものの、箱は数倍に大きくなり、値段は10倍以上にもなって陳列していた。「はぁー。高くなったもんだなー」と眺めていると、3倍の速さで私の視界に飛び込んできた、赤い箱があった。

名機MS-06S、通称『シャア専用ザク』の箱である。

『赤い彗星』の異名を持つ、シャア・アズナブル少佐。数あるガンダムシリーズ(よくは知らんが)の中でも屈指の人気を誇るキャラである。その愛機が、どうも私を呼んでいるようである。気がつくと私は、その大きな箱を抱え、こそこそとレジに並んでしまっていた。困った34歳である。

坊やだからさ……

ワクワクして箱を開けると、異様な数のパーツがそこには収まっていた。「ほえーこれ組みあがるんかな?」と不安になりつつも、とりあえず作ってみることにする。最近は驚いたことに接着剤いらずで、塗装をせずともほとんど大丈夫なくらいパーツ毎に色分けされている。進化したものだ。

しかしもっと驚いたのが、その関節の稼働範囲である。

広い。広すぎる。異常なほどいろんな方向に曲がるのだ。なんと正座すら可能なのである。

20年前のガンプラは、関節なんて無きに等しいものだった。無理矢理アニメのポーズをとらせようとして、「ばきっ」とやってしまった覚えのある人はたくさんいるだろう。それが解消されているのだ。20年という時間は、プラモデルをここまで進化させていた。

ビバ21世紀。ビバガンプラ。

事務所で作っていたのだが(事務所でやるなよ)、気がつくと仕事そっちのけで数時間が経過しており、足は長時間飛行機に乗っていた直後の、エコノミー症候群の如くなっていた。しかしもっと恐ろしいのは、すでに次は何を作ろうかとネットで物色している自分である。

ええい、バンダイのガンプラは化け物か!

13 Aug. 2007

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