FM STUDIO—Fumitaka Miyazato design STUDIO

こうしてまたひとつ、新たな書体トリビアが生まれた

以前、『「これってトリビアになりませんか」と思う書体のナゾ』という記事を書いたのだが、これについてご回答をいただいたので報告させていただく。回答者は皆さんご存じ、Linotypeの小林章さん。図版提供も同氏による。この場を借りて心よりの感謝を申し上げたい。しかし読まれてしまうことを知っていれば、あんなフザけた文体にしなきゃよかったと思う事しきりである。アホな着ぐるみを着て番組に出演したのに、いきなりシルベスター・スタローンがスタジオにゲストとして現れ、あげく「日本の有名な映画監督ですがご存じですか」と紹介され、「Of course!」と言われあわてふためいたビートたけしの気持ちが今はよく解る(どんな例えやねん)。

さて本題。私の疑問は、

  1. なぜ一人のデザイナーの書体が、複数の会社から微妙に違ったバージョンで発売されているのか
  2. 見本帳の所々に、Adobe等他社の名前があるのはなぜか

の2点であった。まずひとつめの疑問だが、とりあえずは図版を見て欲しい。小林さんによると、ITC Stone SansITC Stone Sans by ITCが違いが顕著で解りやすいとのことでその図版を送っていただいた。全部PDFなのでご注意を。

こうして重ねてみると “a” 単体でも随分違うし、スペーシングも違うのでA–Z length(AからZまで単純に並べた時の長さ)も結構差がある。記号類に至っては別物かと見まごうばかりである。

ではなぜこのような事が起こるのかであるが、それは写植の時代にまでさかのぼる。当時はもちろんデジタルではなく、書体の原図は紙に描かれていた。書体の開発・販売を行っている会社は、社内、あるいは外部のデザイナーからその原図を受け取り、組版機の製造・販売を行っている会社に販売する。書体を購入した会社は、自社内で自分の所の組版機に合わせて写植版を起こすのだが、この時、トレースを行う人の技量・原図の解釈の仕方、使う機械の特性(線が太りやすい機械の場合はあらかじめ細くしたりね)などにより、若干の違いが生ずることになる。また主要アルファベットや約物以外の記号類は、各社どの種類の記号を用意するかはまちまちだったので、足りない分については勝手に付け足すことになる。書体を購入した会社には、このような裁量権が与えられていたそうである。

つまり、使う機械が違うから書体もバリエーションがある、ということなんである。いきなりデジタル世代の私にとって、これは意外な盲点だった。デジタルではTrueTypeやPostScriptの違いはあれど、どんな機械やソフトでも同じ書体が使えてしまう。なのでバリエーションが発生する余地などまったくないのだ。

そしてDTPが普及しだした頃、その技術の最も先端を行っていたのがAdobeである(PostScriptを開発したのがAdobeなんだから当たり前だが)。当時Linotypeはすでに電算写植用に書体のデジタル化を行っていたのだが、そのデータのPostScript化をAdobeが申し出たそうだ(どうしてそうなったか細かい経緯はちょっと不明だそうです)。このようにして、デジタル版ITC Stone Sans (digitized by Adobe)が誕生した。FuturaにLinotype版Berthold版Bitstream版URW++版Bauer (Elsnar+Flake)版と(他にもまだまだ)色々あるのは、各々デジタル化を行った結果である。

ITCはITCで、自社に組版機がなかった昔ならいざしらず、今は書体だけでも一般に販売できるぞ、ということで、自社内で書体のデジタル化を行い販売を開始した。それが、ITC Stone Sans by ITC、なんである。自社で行うからには原図に忠実に行ったであろうし、デジタルでは記号の割り当ても決まっているので、おそらくデザイナーに頼んで新しく描き起こしたであろう(あくまで予想)。なので、この場合に限っては、by ITCの方が質が良いように見える。

ほいで何でLinotypeの見本帳にライバルであるMonotypeの書体Bemboがあったりするのかというと、これは単に需要と供給の問題で、「Bemboないの?」という声に応えるためにそうしているのだという。もちろんBemboが売れればLinotypeはMonotypeにライセンス料を支払わねばならず、結果売上は微々たるものになってしまうらしい。それに関してはセールス担当者は色んな思いを抱いているそうだが(笑)、涙を飲んで顧客のためにそうしているのは素晴らしいことだと思う。

このように欧米の書体メーカーは、お互いに技術提携しあったり書体を販売しあったりで、結構仲良くやっているようである。また書体の著作権の扱いも、縛りがかなり緩いのにも驚いた。これは、原研哉氏が日経新聞で連載していた「デザインの樹に登る」というエッセイを、朝日新聞社が「マカロニの穴のなぞ」という単行本にして売り出すようなモンだろうか。東西問わず、印刷・出版業界というのは、そんなにギスギスしてないようで微笑ましい。しかし今後、新しく開発される書体は初めからデジタルで制作されるので、各社毎の違いが生じることはもうないだろう。混乱がなくなって喜ばしいと思う反面、「もうない」と思うとちょっぴり淋しい気がするのは私だけだろうか。

ともあれ、私のバカバカしい疑問に、貴重な時間を費やして調査して下さった小林さんに、重ねて感謝の意を申し上げます。どうもありがとうございました。

17 Apr. 2006

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